川喜多喬&アソシエイツ

川喜多喬
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キャリア教育:高校までの進歩、大学の停滞 プリント
福岡県立博多青松高校の宮原清先生から、同定時制過程向けの『「キャリア実践演習」テキスト』を送っていただいた・・・ で、感心した。
企業ではPDCAを教える(企業によって言葉には差がある)。アメリカのチャールズ・アレンが主導して開発した産業訓練・学習の4段階モデルである。律儀に応用することは、言うは易く行うは難し。持続させることが難しい。とはいえ、普通、やる。その企業に人を送り出す大学では普通やらない。大学の教員は企業内での人材育成など知らない、知ろうとはしない、はては軽蔑したりしているのであるから、大学の授業でのPDCAをきちんと回していることは例外である。

しかし、この高校のテキストでは、高校の方々がそれをきちんと行っていることがわかる。講義の目標を明確にし(P)、毎時、振り返りシートを作成する(C)。講義はむろんあるが、それは伝統的な教示-座学ではなく、ディスカッション、ブレーンストーミング、バズ・セッション、ファシリテーション、プレゼンテーション(D)であり、それぞれ技法を説明し、実行し、相互に評価しあう。学習集団の形成である。

よく見聞きする「キャリア教育」のやり方とかなり違う。よく見聞きするのは、子どもたちに職業世界を教えようと一方的に説教するものである。この学校のものはそういうコンテンツ重視のものではなく、プロセス重視のものである。そのプロセスで身につける技法は、テキストの最後の方に書かれているように社会で必要な力、「プロジェクト型の意志決定」に必要な力である。

プロジェクト・マネジメントは、私の専門の人的資源管理でも焦眉のテーマの一つである。

末尾の参考資料には「大学での学びに必要な力」と「社会で必要な力」の相違を丁寧に説明してある。大学人として赤面せざるを得ない。大学は社会ではないのである。大学で必要とされ身につける力は、まっとうな社会人には無用なものであるかもしれないのである。

学校教育を階段のイメージで考える人のは大学は高校と社会との間の一階段である。しかし現実は違うようだ。大学は高校から社会への一階段ではなく、社会に人を導かない、行き止まりへの階段なのであるかもしれない。それでよしとする大学人がキャリア教育なんぞは大学人のすることではないとふんぞり返ってしかも高給を得る現状を見るにつけ、ますます高校の努力には頭が下がるのである。

いろいろやってみて「教育プログラムを改善」する、当然のように、このテキストには書かれている。

大学の教員は、FDすら拒否する者が多い。改善しなくても食っていけるからである。不適切なプログラムを切り、より有効なプログラムを作る、宮原先生の高校では当たり前、そして大学ではありえない。不適切なプログラムを切られたら教員が困るので、プログラムが不適切ではなく、学生が悪い、と言って恥じないからである。

そろそろ大学への補助金は全廃すべき時期にきているのではないかか? 貧乏な学生・またはその志望者がかわいそうだ? いや、ゆえにこそ、大学生、高校生および保護者への直接補助に切り替えて、大学に行こうが行くまいが、どの大学にするか、または中途で辞めるか否か、すべて「消費者主権」に任せていったらどうであろうか。その選択に悩むだろうか?悩めばよろしい、そこにこそキャリア教育の活躍する余地がある。



最終更新日 ( 2010/02/02 Tuesday 17:52:38 JST )
 
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