アメリカの大金融機関のメリル・リンチの創業者の一人の話である。
アメリカの金融機関の話など聞きたくない・・・だろう。だがつい最近までメディアは、アメリカの高い株価はアメリカのファンダメンタルズ(何の意味かわからんが)の強さの証拠で、株式操作にあけくれる人間を生み出す「成果主義」のアメリカ的経営を褒め称え、日本の景気が簡単によくならないのは日本的雇用慣行にしがみついているからだ・・・と言わなかったか。「市場の声は市場に聞け」・・・ゆえに市場経済万能論である。が市場の声とは奴隷貿易以後、悪徳やたまたま地下資源にめぐまれた独裁者など長い歴史のなかであまりにあまったカネをさらに強欲に増やそうという人々とそのカネを預かったり、また苦労して蓄財した創業者のカネを甘言をもって運用すると称する人々などの声である。その声を聞こえなくしたのはコンピュータの進歩であるが、その進歩をさらに倍加したのは金融プログラムという代物である。ちょうど10年前、ロングタームキャピタルマネジメントという会社がノーベル賞受賞者の数学者によって開発された金融プログラムで・・・ロングタームどころか短期に取引を繰り返し巨万の富を投資家に約束するはずが・・・こけた。なぜこけたか誰もわからなかったが、実際には崩壊し、アメリカ政府は多大の税金を投入し・・・・ちょうど10年後にあらためて誰一人歴史からは学ばないことを証明した。経済評論家は当時、アメリカのニュー・エコノミーを賞賛し・・・いまでも古本屋で100円前後で売っている・・・その経済評論家たちは今でも教壇にたったりテレビに顔を見せる。もちろんテレビ局のプロジューサーも歴史を忘れる(最初から学ばない)。毎朝、評論家の風呂屋談義を延々と聞かせるだけで、年収何千万という売れっ子社会評論家が庶民の味方のふりをする。
数十年前にニュー・アエラという英語がアメリカで流行した。「新時代」である。おじさんがつまらぬだじゃれを言う朝日の「アエラ」のことではない。それは大恐慌直前である。大恐慌は誰も予測ができないというが(マルクス経済学者は・・法政にもあれこれいるが・・資本主義は必ず恐慌に突入すると言い切る・・いつか・・そのうち・・いつかは当たることを言い続けると偉いように思い込むらしい、こういうやからを別として)メリル・リンチの創業者の一人、メリルは大恐慌を予測した。メリルは従来の金融業者と違って中小零細、また商業に着目、さらに創業者への金融を考えた。船舶、鉄、鉄道、建設などの巨大企業ばかり目をむけていた金融界を革新した人物である。かなりアメリカ経済の「実体経済」を知っていたようで、株の高騰はおかしい・・・と感づいて、退職したクールリッジ大統領までを経済過熱の冷却に動員しようとしたが失敗(政治家が経済政策に鈍感なのは常である)。絶望してメリルリンチの株を売ってしまった・・・恐慌後、再建のために買い戻すが。それから数十年、当然ながら「組織人」と化したメリルリンチのエリートは、もうメリルのような創業者の精神は失っている(リーマンブラザーズほどマネーゲームに積極的でなかったのが幸いしたようだが、それでも痛い傷を負っている)。
今の日本のほとんどの金融機関のホワイトカラーも、日本の金融創業者の苦労は何も知らぬであろう(渋沢栄一を読んだという株屋の支店長に会ったことがない)。それでも現場であんぐりと口をあけたり騒いだり走り回ったりしているが(時々は同僚の汚職を摘発したりはしているが)、こちとらは象牙の塔の無知蒙昧であるからして、口も出さず、騒がず、走り回らず、メリルの伝記をちらと読んだ。
歴史は繰り返す。そして歴史から人は何も学ばない。だから繰り返すのである。こちらも繰り言の多い老人になったから、次はバンカメの創業者の話を読もうと思う。 |
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最終更新日 ( 2009/06/21 Sunday 07:53:11 JST )
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