| 牛久の雑談2007 |
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リストラは少数精鋭を残さず 15年ほど前、その土地も見ず住宅関連融資に走り回り、顧客の巨万の富を胡散霧消させ、多くの融資先の企業と國につけをまわし、それでも立ち直れずにつぶれたりM&Aを繰り返した金融機関が、「財テクは二度とやりません」とは宣言しなかったとみえて、今度はアメリカの現地にも飛ばずに、高度な数理プログラムが仕込まれているらしいコンピュータの端末操作でアメリカの「デリバティブ」「金融商品」に手を出して、たちまち総合計2,3千億円(?)を消してしまったらしい。 リストラの繰り返しで、短期に成果を出せるハイ・パーフォーマーだけを選別し残したというのは、やはり嘘であった。とはいえ、つけは結局、預金者、国内の中小企業を中心とする小額債務者、そして納税者にまわってくるだろう・・・な。 企業のリストラ効果があがって業績が向上した、などと言った評論家も、責任はとらんだろうな。リストラなるものは結局、口の重い、小心翼々とした、まじめな、そして単調労働をいとわない、大事な人々を会社から放り出してしまう場合が多かろう。今度もそうなるであろう。 過日、一個つくって僅か300円のある部品を1時間に40、50ほど丹念に丹念に作っている零細企業の作業長と下町で飲んだ。一瞬のうちにボロもうけをしようとするばくち打ちの人々の世界とは違い、利益は雀の涙である。が間違っても一瞬のうちに億はおろか萬の単位でも消して捨てることはない。が、そのような地道な努力をしているかれにも、メインバンクが何百億も失ったという話は伝わっている。 また不況になるんでしょうかね・・・経済新聞など読まないかれの不安に回答を出せないのが調査屋の虚しいところである。が私は拳を振り上げるタイプの社会正義屋ではないので、最近知った安くてうまい店を紹介するだけで精一杯なのである。小人、閑居しても不善をなす金がない。 またリストラが始まるだろうな。誰が残るのだろうか。悪人はもう生き残りをかけた戦いを始めているに違いない。 「少数精鋭」を自負する奇っ怪な知識人には、金もうけには難のやくにもたたぬシェイクスピア劇の教養がないので、ロミオとジュリエットの死後、女中が叫んだ以下の言葉を、その端末の前で叫ぶことはなかったでしょうが(オクスフォードあたりを出たイギリス・ロンバード街のフィナンシエであれば叫んだかも)。 O woe! O woeful, woeful, woeful day! Most lamentable day, most woeful day That ever, ever, I did yet behold! O day! O day! O day! O hateful day! Never was seen so black a day as this. O woeful day, O woeful day! 確かに。毎日、毎日。 ▲ 2007-11-27 [私の雑談]牛久の雑談 パスカルとヴォルテールの職業選択論 日本の若者が職業選択に悩むといいます。悩むのは、自分の意志でどうにかなるという自由な時代になったからでしょう。幸福になったから不幸になるのです、禍福はあざなえる縄のごとし。 だいたい職業選択など偶然にすぎない、とパスカルですら言っています(『パンセ』、林達夫訳)「生涯にとってもっとも大事な事柄は、職業の選択である。偶然がこれを左右する。慣習が石工や兵士や屋根職を作る」。 「生涯にとってもっとも大事な事柄」なのに大学の正課ではほとんどこれを教えない。なぜでしょうかね・・・実は昨日、哲学をやっていると自称する某大学の先生から、私が力を入れているキャリアデザイン教育など下世話であって哲学と縁がない、と言われたもんですから。 さて神秘主義者でおもわせぶりで反語が好きなパスカルにくらべて、明晰にものを言うデカルト派のヴォルテールは、職業選択は偶然と慣習で行われるのは当たり前じゃないか、と言っています。 「一体、偶然と呼ばれるものと慣習とを措いて、何が兵士や石工やその他のあらゆる手工的職人を極めることができるだろうか。人が自分から進んで身のふりを極めるのは、天才を要する技芸だけだ。が、誰にでもできる職業にあっては、慣習がこれを左右するのはきわめて自然できわめて理に通ったことである。」 ま、わかりにくい訳ですが、要するに職業選択に省察・判断が大事かどうかは、その職業の社会的価値に依存するんです。とはいえ、「知識労働者」にありがちなことですが、ヴォルテールも「ガテン系」を馬鹿にしてかかっているのじゃないだろうか? 困ったことですね。石工や兵士が「誰にでもできる」などと言うのは(ただヴォルテールは別のところで政治家なんぞよりは商人が大切、と言っています・・・ここで言う商人とは伊勢商人のことではないようですが)。 もちろん、ヴォルテールのように母国で半ば死刑を宣告されて亡命の地をあちこちに放浪するのは「自分から進んで身の振り方を決めた」からに違いなかろうと思います。ただ時の権威に刃向かったのだから自業自得。 現代の雇われ人たる者は、時の権威、会社のトップに刃向かおうが刃向かうまいが、「身の振り方をよく考えつつ」放浪を余儀なくされるのじゃありませんかね。パスカルの「考える葦」は、風にそよいでも根は張っていたが、われわれは「考える宿り木」であったはずですがね。 閑話休題。キャリア支援の専門職になるに必要らしい業者の授業では、クランボルツだのシャインだの、たかだかこの30年の間に生まれた「理論」なるものを教えられるらしいが、教養あるキャリア専門職になろうと思えば、人間の理解をあれこれと極めた古典を読んではどうであろうかと。 プルタルコスでもモンテーニュでもよろしいから・・・と毒づく理由は、先日、「メンター」なるものを推奨している人事コンサルタントが「イリアス」も「オデュッセイア」も読んでいないことを知ったので・・。 日本人の歴史知らず相手に上映されて不人気だったらしい「スリーハンドレッド」もツキディディスやヘロドトスでも読んだ教養人にはM&A提案を受けた零細企業の管理職の職業選択の教訓にもなる映画でした(スリーハンドレッドなる映画題名をつけた映画人は無教養ですが。『慕情』の時代にいた人々はもういません。偶然と慣習にまかせてはいけませんね、職業選択を)。 ▲ 2007-11-02 [私の雑談]牛久の雑談 クリック一つで地獄へ?もう落ちている? 昔、キリスト教団の宗教改革の引き金になった坊主の説教に、賽銭箱に貨幣が落ちる音を聞くたびに魂が天国に近づくなんてものがあったと覚えている。 いまや、庶民の浄罪は、コンピュータ端末のページのどこかを鼠でクリックするたびに、どこかに消えて、インターネット長者の御殿を建てる「浄財」となり、クリックした者の口座からカネが消えるか、あるいは時に詐欺師や人殺しがドアの外に立つ時代となった。 Verklin, David, and Kanner, Bernice, 2007, Watch This, Listen Up, Click Here : Inside the 300 Billion Dollar Business Behind the Media You Constantly Consume (Hoboken, NJ : John Wiley & Sons) を読めば、「動画を見ろ、音を聞け、そしてここをクリックしろ、いま、すぐ!」の輩の手口がよくわかる。 ブログなるものにそそのかされて始めたことではあるが、私はブログとか「ソーシャルネットワークシステム」なるものには恐怖感しか感じない。それならまだしも、古寺の賽銭箱に手を合わせて僅かな小銭の転がり落ちる音を聞く方を好む ・・・というのは浄土宗の寺の住職を祖父にもったからかもしれない。私は感覚的仏教徒であるから宗派の違いには知識も興味もないが、たぶん浄土真宗派の信者だと思う、水上勉さんの『閑話一滴』(PHP)を古本屋で見つけ出し、いたく感激したのは、奉公人から店の主人となった者が故郷からまた奉公人を集め、そして必ず故郷の木の実を持参させ、庭にその実を植えさせてやがて大きくなり実のなったそれを眺め、そして奉公が終わったあと消えていく人々とともに寝食を共にした姿の話である。 小さな木の実という小銭を使用者の庭に植えるというのは、階級史観者の敵対的労使関係観に立てば、上に書いたクリックと同じ。しかし職を得てささやかな暮らしを立てる、立てさせる人生のひととき、ここに生きた証と思えば浄財である。私の浄財は神社仏閣にではなく、蕎麦屋のつゆと消える。 さて「バーチャル・レアリティ」にしか生きる証を得られない人がいるとすれば、この世は地獄であるに違いない。地獄の王となるべき「ビジネスモデル」構築に勤しむ人を褒め称える経営誌の購読を中止して、すでに5年となった。ブログとやらを閉鎖する日も近い、と思う。 ▲ 2007-10-15 [私の雑談]牛久の雑談 アナログテレビを守れ ワープロが発明されたからタイプライターは禁止をするとか、自動車が発明されたから自転車は禁止をするとか言わなかった政府が、地上波ディジタルテレビが発明されたから既存のテレビは皆、使えない、買い換えろ、あるいはアダプターを買え、と決めた。珍しく野党が反対しないのは、電機産業の労組が支持基盤であるためか。 ちゃんと写っていて不足はなく、これ以上チャネルは不要で、ましてや「双方向コミュニケーション」などしたくない、と言っても無駄なのか(だろうな)。 もっとも国民生活統制は政府と共産主義の本質である。 最近におきたことではない。 最近、田舎町やブームの「里山」(変な言葉だな、山里のほうがずっと良い響きだが)に行って茅葺き屋根に出会うと何かしらほっとするが、実は明治時代の東京市内は茅葺き屋根、藁葺き屋根、草葺き屋根だらけ。それを禁圧したのは政府であって、東京に残っている草葺き屋根は明治40年の通達(当時は示達と言った)で向う10力年以内に改造することに決められていた。葺きかえしない者は2円以上10円以下の罰金に処すと大正5年に再び通達された。 藁屋根だと火事になりやすい、って理屈があったのかもしれない・・・ああそうかアナログテレビも火を噴くのではないか。通常だとメーカーが無償で修理すべきところ消費者が知らずに買い換えることを義務づけたのではないか、と勘ぐるのである、私は。NHKハイビジョンに統一されると思いこまされてハイビジョンテレビを買った私は。 ▲ 2007-09-04 [私の雑談]牛久の雑談 日本キャリアデザイン学会監修の本を買って下さい 懇願するのは二度目である。懇願しなければならないほど売れない可能性が高いからである。 4年前に有志で日本キャリアデザイン学会というものを作り、そのリーダーの一人、菊地達昭さん(当時NEC経営研修所長)が苦労して58人の有識者が書きつづったキャリアデザイン論をまとめた本(日本キャリアデザイン学会監修・菊地達昭編著『キャリアデザインへの挑戦:58人のキャリアデザイン論』経営書院)が刊行された。 世界を驚かせたことになっているグーテンベルグの『聖書』は、印刷部数わずか300部、しかもラテン語である。これで庶民が聖書を手にとって教会のいいなりに為らず自由に聖書を解釈できるようになったかのように書くものがあるが、それは当然間違いで、いくら当時の西洋社会の人口が少なくても300部を手にできる人は例外中の例外。 まして実質的死語であるラテン語が読めるわけはない。それに比べてわれわれの本は日本語で書かれており、発行は1000部ぐらいのはずである。而も原稿料は頂いていない(もちろんグーテンベルグの聖書の原稿料も支払われていないと思うので、その点ではわれわれはおそれ多くも神様と同じ立場にある)。 グーテンベルグは出版費用をどのようにして確保したのであろうか。歴史家は肝心要の下世話なことがキライなようである。経営学者の私は下世話に徹して書いている。三跪九叩。 ▲ 2007-08-30 [私の雑談]牛久の雑談 ホールディングカンパニーが人材を殺す 1946年に設立された会社がある。1954年にボストンの金融業者Richard Robieが買収した。 1956年にエイモスキーグ社を筆頭とする投資グループに売りわたされた。1962年に投資銀行家のLazard Freresが買収した。 1965年にITTに売り渡された。1972年にITTは株式公開して上場し、売り払った。1977年にこの会社はNorton Simon社に買収された。 1983年、その親会社が売却されたのに伴いエスマーク社の一部となった。1984年、エスマーク社が買収されたのに伴いベアトリス食品社の一部になった。 1986年、Kohlberg, Kravis, Robertsという投資会社がベアトリス食品を買収したのに伴い、再び傘が変わった。1986年、Wesray Capitalに買収された。1987年、よほど頭にきたのか会社の社員株主会によって買い戻された。 1989年General Motorsが株の買収を始め、1996年、HFS社に買収された。1997年、株が株式市場に売りに出され、2001年Cendant社が買収した。 この会社はレンタカーのAvisである。お客様にも店頭に立つ従業員にもほとんど無関係に株を売ったり買ったりしてぼろもうけを企む多くのホールディングカンパニーに翻弄されたのである。投資屋のほうは事業に興味がある、経営に長く携わって責任を果たしたい、などと言い続けたのかもしれないが。 アメリカの真似をすることが日本のためだと持ち株会社を解禁してほぼ10年がたつ。何とかホールディングとかいう会社がやたらと目立つようになった。その会社の本社の端末の前にすわって資産リシャッフルでの短期成果を舌なめずりしながら追う人々は、現場の仕事から人材のモラールまで、思いをいたすことなど、ないのであろうな。 やがて日本の企業も総Avis化するのかな。くわばら、くわばら。 ▲ 2007-08-22 [私の雑談]牛久の雑談 キロがたまる 航空会社がマイルがたまるだの、マイレージカードだの言うが、日本はメートル法制のはずで、昔ながらの尺貫法を撲滅したはずである。日常、マイルなどというものは使わないわけでもあるし、産業経済省がマイルと言うな、キロがたまると言えと行政指導しないのが不思議である。 産業経済省の前進、通産省はちゃんとゴルフにメートル法を導入させた実績をもっている。昭和51年のこと。メートル法を推進する「機械情報局計量課」が、日本ゴルフ協会にヤード制をやめてメートル法を採用するようにとの通達を出したのである。 ゴルフ協会は、明治以来ヤード制を使っていたと反論したが、結局10年間、おかみにしたがった。ゴルフ漬けの高級官僚までが実態としてはヤードでプレイを続けたこともあって昭和61年後に廃止。その後、アメフットがヤードでやるなと通達を受けた試しもない。 それじゃ、なんでもアメリカ的経営・市場論理賛美の慶応大学の先生や政治家がメートル法の廃止を勧告するかというとそうでもない。ということで私は寸、尺、間、匁、貫、銭、両、などの復権を言うのである。 もちろん以前から旧暦への復古を呼びかけてはいる。ワープロソフトも一太郎である。だがワープロソフトと英語もどきで言わざるを得ない悔しさよ。この原稿すら「リアルタイムプレビュー」してから「アップロード」せざるをえない悔しさよ。 ▲ 2007-07-27 [私の雑談]牛久の雑談 サンマ以外、他に考えることはないのか 経営者団体がサマータイム導入を推奨するらしい。他に経営者団体らしくやるべきことがたくさんあるのじゃないだろうかね。 個人や組織などが使っているありとあらゆる時計を操作し、時計を内包したシステムを全部改造するのにてんやわんやになるコストだけばかばかしいだろうが、と私は思う。 終戦直後にもサマータイムを日本の役所の号令一下、導入したのである、ただしサンマータイムと言った。したがって当時の新聞の漫画を見ると、今日からサンマの時間だと言うじいさん、アメリカでもサンマがとれるのかね?というばあさんが登場する。 しかし銀座の服部時計店の大時計が正午をすぎるまで古い時間でカネをならし、天気予報も『夏時間では』といちいち断らなければならない混乱ぶり。しかもその気象台内の作業は皆いままで通りの標準時間でやっているしまつ。 結局大騒ぎして国民のとまどいを遺したまま、2年で廃止。さてその頃は人々の家には時を指すモノが少なかった・・・が今や時計を組み込んでいる電器、電子機器から時計そのものまで、大量に自宅にあふれているうえ、各種各様の時計内蔵コンピュータシステムがたくさんあり・・・ まあ、やめてくれ、と私は思う。だいたい外国がやっているから日本も、というのは浅はかではないか。季節の巡りも日照も異なる外国にあわせる、というならゴールデンウイークも正月も夏祭りも盆踊りも浴衣も桜咲くころの入学式も廃止したらどうだろうか。進歩かね、それが。 ロバート・ガーランドというサマータイム推進論者がいた。かれの言によると、サマータイム実施地域の男の子の足はより大きい。で、足が大きいとより立派な体格の男になる。そこでサマータイムを実施すると立派な男が増えると。まあ、これぐらいの奇妙きてれつな理屈を考え出してくれ、どうせなら。 ▲ 2007-07-21 [私の雑談]牛久の雑談 孤児寡婦を欺く 孤児寡婦を欺き、狐媚して以て天下を取るに效(なら)わず。 ・・・これは「孤児や寡婦などの力のない人を欺いて、天下を取るようなことはやらない」。私は曹孟徳や司馬仲達がやったような真似はしないと断言した石勒のことばです。 どこかの國の年金問題を知ったら石勒なら一軍を率いて焼き討ちに出たでしょうが、野党は退席するのが精一杯。しかし労働組合を支持基盤にしている野党に聞きたいのは、社会保険庁の労働組合はこの10年の現場の事態を知っていたのでしょうか、知らなかったのでしょうか。知っていて抗議を繰り返していたのでしょうか。見て見ぬふりをしていたのでしょうか、労働条件向上と引き替えに。 また年金問題を攻撃するマスコミだって組織を欺いて、狐媚して以て交際費を取る局長とかがいましたし(たくさんいたろうな、今までも・・・)、得意先を欺き、狐媚して以て天下を取る食品業者とか学生を欺き狐媚して以て教職員を守る学校とか、いずれせにしても「狐媚」(狐が媚態を呈して人を欺くこと)には気をつけましょう。 悪魔はモミ手をしながら現れる。今日もまたわが家に保険会社、銀行、リフォーム業者が現れました、モミ手で。 ▲ 2007-06-30 [私の雑談]牛久の雑談 ワーク・ライフにバランスは必要か ファミリーフレンドリー、ワークライフバランス、ホワイトカラーエグゼンプト・・これらは日本のお役所で議論され国民に推奨されている考え方です。英米の、ではありません、日本の、です。 小学校から英語を義務づけようという日本政府ですからカタカナ氾濫を国民にたいし率先垂範するのは当然です。が私などは幼稚園から日本人には日本語修得を義務づけるべきだと思うのです。 さてワークとライフにバランスが必要だ、という啓蒙家が増えていますが、ワークはライフの一部じゃないのかなあ、という疑問はさておき、問題はバランスって言葉です。いったいバランスがとれているかどうか誰がどうやって判断するのか? またしてもお役所が判断基準を定めて強制してくれるんですかねえ。お役所には国民のワークライフのバランスを心配してもらう前に財政のバランスをとってほしいんですがね。 労働時間論議時代からの疑問ですが、職場に5時間いても、居すぎる人もいるだろうし、14時間いても、まだ居足らない人もいるだろうし。均衡がとれている、てのは竿はかりじゃあるまいし、判断は極めて難しい。 衡という字はもともと、古代中国で牛車などにつかう轅(ながえ)の先のくびきです。つまり普通は水平を保っている横木のことで、のちにそれがはかりの竿のことになり、ゆえにバランスという意味になる。今や竿ばかりなど、見たことがない人ばかりになってもシーソーを考えればよく、あれは両側の「重さ」が計量できるものだからバランスが分かる。 しかしワークとそれ以外のライフのわれらが人生への意味・重要さ・価値などについて計量できるんですかね。人生の諸事を何事も計量し、バランスシートのボトムラインを見ればわかるように思いこむこと自身がバランスを失した人生観、職業観じゃあるまいか。 いやさバランスバランスと言われてそういうものをめざさねばならぬのかと思い始めて心理不安に追い込まれることのほうが危険じゃないか。エジソンやキューリ夫人などがワークライフバランスなどを考えることのない仕事中毒でなかったなればこの世はどれほど貴重なものを享受できなかったことか、と考える私などは、この世には所詮、均衡などなく両立などなく、いやさこの世に均等も平等も自立も自律もサクセスも幸せももともとない、という意見ですが。バランスを失った意見かな。しかしバランスをあえて崩すから前に進める。バランスがとれていれば達磨になってしまいます。とはいえ已に私の体型は達磨です。バランスがとれているせいです。 ▲ 2007-05-16 [私の雑談]牛久の雑談 随筆集を出版しました・・買ってください。 他人に頭を下げることがキライな私ですが生活のための、お願い。なにしろ自費出版ですから。私の本を自費出版か費用補助か著者買い上げか以外で出してくれる書肆など、ありはしませんので。もちろん需要がないのに存在している私ですから自業自得です。 『仕事と組織の寓話集・・ふくろうの智恵』という本です(\1800+〒 川喜多個人か( このメールアドレスはスパムボットから保護されています。観覧するにはJavaScriptを有効にして下さい )、近代労働研究会 fax 042-311-5854へ)。素直な内容ではありません、例のごとく、世をすねた者の本です。 「皮肉屋は他人を笑いものにする。風刺家は世界を笑いものにする。ユーモアの人は自分を笑いものにする。」って言葉がありますが、他人も自分も世界も笑いものにしている本です。 (ゼミの学生)「シニックってどういう意味ですか」 (私) 「何でも知っているようなそぶりで話す者のことだが、それを君なら日本語でどう呼ぶかね」 (学生) 「大学教授と呼びます」。 2007-04-01 [私の雑談]牛久の雑談 卒業式 もうすぐ卒業式シーズンである。卒業(Graduation)なんて映画があったが、あれは白い衣装を着た女性が逃げ出して終わる。羽織袴ではない。 女子学生が羽織袴を身につけるのは、明治当初とすれば男の衣装を着るわけだから、叛逆であった。米英では黒いガウンを着る。ガウンを着るような連中は市民の敵であるから、アメリカの大学都市ではタウンvsガウンという言葉をよく聞く。卒業式は奇妙なものであるから18世紀までの英米では市民が眺めるお祭り騒ぎとなり、当然ながらスリやドロボウの稼ぎ時であった。 アメリカで卒業式が市民のお祭りでなくなったのは、独立記念日のお祭り騒ぎが始まったあとである。だからアメリカでは7月が卒業シーズンで、当然、桜の咲く季節ではない。今では卒業式は学士様(バッチェラー)主体であるが、昔は学士は入り口で、修士様になって初めて卒業だと言えた。 卒業の試験は論文を先輩の先生方の前で口述することであり、文章が読めるってことを証明する必要があったから、今でもハーバードなんぞでは形だけだが本を手にもって卒業写真を撮るのではないか。今やまともにしゃべれなくても本を読まなくても学生は卒業する。卒業の卒はもともと死を意味する言葉である。縁起が悪い。 卒業式には行かないことにしているが学生にとっては解放の時で、というのもかつて卒業する学生が特別の帽子を被るが、ローマ時代にはど奴隷が解放されたり、兵士が退役すると帽子を被った、その名残である。学生は奴隷であったのか?それともこれから奴隷になるのか?今は不明である。 ▲ 2007-02-28 [私の雑談]牛久の雑談 ギリシャ・ローマの彫像が白いわけ 本や展示で見るギリシャ・ローマの彫像は、白い大理石や石のままです。従って当時からそうであった、と思ってはいけません。もともとは実物そっくりに(たとえば円盤投げのアスリートの彫像であればちゃんと肌色とかに)塗られていたはずで、さらに飾りなども付け加えれていた。 実物そっくりに造る、これがギリシャ・ローマの写実主義です。ではなぜ、今日、みな白いままかといえば、18世紀に著名な考古学者Johann Joachim Winckelmannが怒鳴ったのです、古典彫像の本質は色にはなく構造にあり、と。それを信じてか、掘り出された彫像をもとの色に塗り直して展示するなどということは誰も言い出さなくなったのです。 そのうち、色がはげ落ちたままのものがオリジナルであると誰もが信じ始めた・・つまり18世紀には、学者には権威があったのです。役人やジャーナリストの言うことを鸚鵡返しに言う学者だけが権威あるかのように言われる時代がくるなどとは、想像もつかなかったのです。 ▲ 2007-02-20 |
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| 最終更新日 ( 2008/09/27 Saturday 16:17:11 JST ) |
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