| 牛久の雑談2006 |
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唾棄したい 鄧小平に逢ったアメリカ外交官の前で、鄧小平が唾と痰を吐き続けたので閉口したようです。が、アメリカでも150年前までは唾を公然と吐くことが健康に良いと考えられていました。問題はそのタイミングとか場所だけでした。 欧州文明ではずっとそうであったようで、エラスムスの会った庶民は三言云う度に唾をはいていましたが、貴族だって食卓で左右の床に唾を吐いていました。女性が公然と唾を吐く姿を見せぬようになったのが19世紀からで、例の映画、タイタニックでも金持ちの娘が唾の吐き方を庶民に習っています。 婦人参政権の闘士であった女性貴族も警察につかまったときに唾を吐きかけようとして吐きかけ方が分からず、ただもがいただけでした。 道路、レストラン、列車などの公の場で唾や痰を吐いてはいけないという掲示が出るようになったのはようやく1950年代です。現在、公然と唾を吐いていいのは野球かサッカーの選手でしょう。私にも唾棄したい奴があちこちにいるのに、それは礼儀正しくないというマナーに束縛される世の中に生きているのは、まことに残念なことです。 ▲ 2006-12-31 [私の雑談]牛久の雑談 霧の飯綱講演 仕事で飯綱高原に出かけました。あいにくの霧で高原の急勾配の道路は、タクシーの運転手さんに任せていたとはいえ、やや不安。怖くないかと冗談交じりに言いましたところ、運転手さんも、怖いよね、と。そこで地元をよく知っているベテランの運転手さんは、スピードを落とし、左によせて、後ろから来る車を先にいかせて、あとから行くとか。 先に立った半素人の車が路肩をはずせば、あとからならわかるわけです、それと。しかしベテランが多いこの道ではしばしば、多くの車がスピードを落として先を譲り合うとか・・・。ベテランは無謀なことをしないという教訓にもなるし、とはいえ、無謀であろうがなかろうが先に立つものがいなければ後続も困るという教訓にもなる。 他人には無謀であってほしい、というわけで他人にはベンチャーとか決断、失敗を勧める輩が多いようです。 ▲ 2006-12-11 [私の雑談]牛久の雑談 やっぱり見かけか 「才能あふれた子供たちを食って君の知能指数を上げる方法」って本があります(How to Raise your I.Q. by Eating Gifted Children by Lewis B. Frumkes)。人を喰った題です。 私の出した『中小企業の人材育成作戦』が(結構、良い内容ですのに)思ったほど売れない理由をある編集者がこう教えてくれました、奇抜な題にすればそこそこ売れますよ、と。 奇抜、ねえ。 私は実質的な大学出がいなくなったので1年前に出した『東京に働く人々』が売れなかったと思っていたのに、みかけが重要・・ううん、なんとなくわかると思って乗ったタクシー内の広告に「男はみかけ・・ダンディハウス」。 フランスの作家、シャルル・オーギュスタン・サント=ブーブは、あるとき、拳銃による決闘を行わざるをえなくなった。武器よりも筆先にたけていたサント=ブーブであったが、これに堂々と臨んだ。しかし、相手に向けて引き金を引こうという決定的な瞬間に、雨が突然降り始めた。サント=ブーブはしばし決闘を中止して、自分の馬車に戻り、傘を持ってきた。「殺されるのは構わないが、雨に濡れるのは嫌だ」と。 こういうのをダンディと言うのだと思っていたが・・・別段、服が雨に濡れて汚れるのが嫌だ、って意味じゃないはずですが。 とはいえ、やはり全ては「見てくれ」ですな。そう思えば人は救われる。中身を評価されて捨てられたと思うんじゃ、立つ瀬がない。この雑談だって「牛久の雑談」だから売れない。「鎌倉随想」とでもすれば箔が付く。 ▲ 2006-09-26 [私の雑談]牛久の雑談 コメント : 0 政策嫌い 職業研究をやっっていると、時に政府の政策のあり方について意見を聞かれることがあります。ところが、こちらはまったく興味がない。そも読んだこともない。何千億円と無駄遣いして誰も責任を取らぬ政治家や官僚がまたぞろ、政策を打ち出しても評価する気も、そも読む気にもなれないのです。 ましてや政治家が誰になろうと。 シェイクスピアはまだしも「政策」とか「政治」とかを統治行為として使う場合には、わりと中立的に使っていますが、政治家となると、しばしばyあさましい、とか邪悪な、とかをつけています。『リア王』でも「メガネをかけよ/あさましき政治家のように/見えぬものまで見えるように」(4.6)。 当時から政治家は先見性を誇っていたようです。なに、自分の先すら、さて読めているかどうか。 アブラハム・リンカーンが大統領府にいるとき、オハイオ出身の上院議員ウェイドがやってきて、リンカーンの悪口を面と向かって言いました。 「あんたは、戦時中に敗北した作戦全ての責任者ですぞ。あなたの頑固さのおかげで、政府は今や地獄からほんの1マイルってところまできてますぞ」。 リンカーンは切り返しました、「ここから1マイル先の地獄と言えば、国会のことですな」。 国会で決まる「きめ細かな施策」のおかげで地獄になっているのは、国会の外ではないでしょうか。 レビンソンの定義によると、政治家とは「金持ちからカネを貰い、貧乏人から票をもらい、金持ちには貧乏人から守ってやると約束し、貧乏人には金持ちから守ってやると約束する人」。 2006-09-20 [私の雑談]牛久の雑談 天の邪鬼 デイオゲネスは、その死の直前、頭を下にした、逆立ちした姿で埋めてくれ、と頼んだそうです。自分の死後、世界はすぐに混乱して、逆さまになってしまうと信じていたからであります。しかし逆さまになった世界を逆さまになって迎えたら正視することになり、耐えられないんじゃないでしょうか。 私ごとながら、自分も設立に参加したキャリアデザイン学部ですが、正視に耐えず、脱出することにしました。別に集団脱走じゃありません。賛成してくれる友がなくてもむしろ、結構です。 「お願いだから、私と意見が同じだとは言わないでおくれ。他人が自分と意見が同じだって知ると、自分の意見は間違っていると感じるのが常なのだから」って皮肉屋のオスカー・ワイルドが行っています。 天の邪鬼や皮肉屋には効用があると思うんですね。最近、ポジチブ・シンキングとか、積極的態度とか、すべてイエスで受け止める姿勢が大切だとか説教する人に多く出会いますが。 イギリスにエドワード・コークなる有名な天の邪鬼がいました。私のように無名の天の邪鬼じゃありません。とすると私は地の邪鬼かな。いずれにせよ、ロンドンでは、皇室だけが6頭だての馬車で走ることが許されるという話を聞くと、5頭の馬と1頭のロバで馬車を仕立て、しかもロバを先頭にして、バッキンガム宮殿の前を行き来しました。逆鱗に触れよう、というわけです。 とはいえ、イギリスは成果主義ではない。出自主義ですから、コークには貴族となる資格があったのです。しかしかれは30年間も、貴族の位を辞退し続けました。「鵞鳥(「トンマ」の意があります)の列の末尾になるぐらいなら、家鴨(「可愛い人」の意があります)の列の最初でありたい」と言って。 私も外資系生命保険会社のマスコットにはなりたくない。とはいえ、北京ダックのように火あぶりにもなりたくない。が・・・無視され続けている天の邪鬼も寂しいもんです。 ▲ 2006-03-18 [私の雑談]牛久の雑談 「清貧主義」ではないけれど・・ 「一日にして金持ちになろうとする者は、一年にして首を吊られる。」・・誰あろう、レオナルド・ダビンチの言葉です。 私が「短期成果主義」を嫌うゆえんですが、とはいえ、私は成果を問わない、なまぬる極楽とんぼも大嫌いであります。 マタイの福音書に:「人は二人の主人に仕えることはできない・・・お前たちは神とマモン(カネ)とに共に仕えることはできない」とありますが、私は神に仕える身ではないし、カネは欲しいが、カネに仕えることもしたくないし、年収何億だと持ち上げ回ったあげく翌朝には唾棄する、これまた高額所得者に違いないTV評論家にもなりたくない。 スイスのビジネスマンが死んで、神様の前にやってきた。「神様、まことにありがとうございます。美しい湖、素晴らしい山、見事な農村風景・・・・さて、せっかくの天国入りですので、スイスのチーズを持参して参りました」。そういったあと黙って、もじもじとしているので、神様が声をかけた、 「ありがとう。で、他に何か、言いたいことがあるのかね」。 「ええ、神様。このチーズ代は400フランとなっておりますが・・」。(ピーター・メダワー『ノーベル医学賞』1960)。 「カネしだいで何でもできるという意見の持ち主は、カネしだいで何でもやると疑われるべきである。」ベンジャミン・フランクリン・・・1ドル札に登場します。 ただ・・カネ次第で私もある程度のことはやりますよ。決して清貧には憧れません、清富には憧れます。 ▲ 2006-01-23 [私の雑談]牛久の雑談 |
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| 最終更新日 ( 2008/03/01 Saturday 15:39:53 JST ) |
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