| 牛久の雑談2004 |
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「自己理解セミナー」嫌い アメジストという宝石がある。これは、昔、酔いを防ぐお守りであって、もともとギリシャ語のamethystosからきている。その意味は、酔っぱらいにつける薬である。しかし、わが主張によると、そういうものはない。効果がなくても誰かがくれるなら拒否しないが。アメリカのジャーナリストに、ウエストブルック・ペグラーなる者がいる。元旦の新聞にコラムを書くぐらいの売れっ子であったが、ある年のコラムに、同じせりふを50も書き連ねて発表した。その文章は「ジン、ビール、ウイスキーのチャンポンは二度としないぞ。ジン、ビール、ウイスキーのチャンポンは二度としないぞ。ジン、ビール、ウイスキーのチャンポンは二度としないぞ。ジン、ビール、ウイスキーのチャンポンは二度としないぞ。・・・」反省してもたぶん、二度三度・・ずっとやり続けたに違いない。自分が阿保だ、酔っぱらいだ、と理解しても自分は変えられない。そういうものだ人間は。理解すればするほど嫌になる、そういうものだ。で、だいたい理解など一生かかってもできない。「まず自己理解をしなさい」2時間で・・と言う「キャリア開発セミナー」を私が嫌う理由である。 ▲ 2004-11-30 [私の雑談]牛久の雑談 大人にならないでいたいという気持ちはわかるが (今回は、日本キャリアデザイン学会(CDI-Japan)の公式メイルマガジン第三号から 拙稿を転載しました。上記マガジンを、ぜひ、ご購読(無料配送)ください。http://www.mag2.com/m/0000140735.htm) 『ピーター・パン』の作者として名高い、サー・ジェイムス・バリーはスコットランド生まれである。そのせいか、ある戯曲にこういう言葉が出てくる・・・「君はね、スコットランド人の立派な気質、すなわち『自分のキャリアを損なう可能性のあることはやらない』という精神を忘れたのだよ、マギー。」(『女なら誰でも知っていること』)。この戯曲が書かれたのは1908年で、その頃には、いったんキャリアを得たら、それを損なってはならない特権的な道という意味ができあがっていた。しかし、キャリアを守るに汲々としている者を蔑視する言葉、キャリアイスト(出世主義者)という言葉も生まれ、第一次大戦後にはキャリアイズム(出世主義)という言葉も生まれた。とくに政治家の道を歩まんとするものを言うようになった。 政治家と「キャリア組」が仲良くするのは自然の成り行きだったのである。そうした大人になることを拒否して子供のままでいたいという気持ちは理解できるものの、「ピーターパン症候群」、「ウエンディ症候群」にかかってしまう最近の若者も困ったものである。 ▲ 2004-10-30 [私の雑談]牛久の雑談 訓練された蚤 蚤(ノミ)など、見かけることはなくなったが、昔は蚤のサーカスなんてものもあった。そのトレーナーたちは、訓練しているうちに、蚤の奇妙な行動を発見したという。 蚤を紙箱の中に入れ、蓋でふさぐ。蚤ははねては、蓋にぶつかる。それをずっと続ける。それを続けていると、面白い現象に気づくことになった。蚤は、はね続けるが、やがて、天井までは飛ばなくなる、頭を打たなくなるのである。 さて、蓋をはずしてみる。そうしても、蚤は、はね続けるが、箱の外には飛び出ない。それだけの高さを飛べなくなっている。その理由は簡単。蚤は、頭を打つ高さまで飛ばないように、自分を条件づけたのである。この高さだけしか飛べないのだと自分に条件を課せば、それだけしか、飛べなくなってしまう。しばしば、人も同じ事をやっている。 From the IdeaBank(R) www.idea-bank.com ▲ 2004-09-30 [私の雑談]牛久の雑談 がんばれ敗退者 私の学部の1年生、重量挙げの三宅さんがオリンピックでメダルを惜しくも逃した。彼女はもう一つ上のクラスであれば楽々、メダルに手が届いていたのだが、あえて48キロ級にチャレンジしたのだ。確実に決めて上位に入らず、一発逆転をねらって失敗したのでランクは下がったのだが、そのチャレンジ、冒険の精神は、賞賛に値する。競争社会日本が不幸を生んでいると、教育評論家は相変わらず、どこかで言っているが、競争精神の復活を感じさせて、まことに今年のオリンピックは痛快であった。が、競争精神の賛美は、結果の賛美と同じではない(私は短期業績主義者ではない)。 選手の姿もさることながら、指導し激励するコーチの姿も、印象に残った。「コーチは、無責任な公衆に対して責任をとらねばならぬことが多い」(アメリカンフットボールのコーチ、ボブ・ズップケ)・・大変な仕事だ。応援団、ファンってものをうっかり持つと、さらに大変だ(ファンの語源は、ファナチック=狂気にとりつかれた)。負けたら石を投げつけ、ペンと口で暴行を加えかねない連中であるから。が、「生涯かけてコーチをやり、一度も優勝を味あわず、それでいて優れたコーチである人がたくさんいる」(アメリカのバスケのコーチ、チャック・ダリー)。この雑談、「勝ち組」の研究ばかりやっている経営ジャーナリズム、キャリア評論家への皮肉である、念のため。 ▲ 2004-08-30 [私の雑談]牛久の雑談 知識労働者より感動人間を増やそう! 「この世の中の七不思議は何でしょう?書いてみましょう」と、先生が生徒に問題を出しました。生徒たちは熱心に答を書きました。しばらくして回答用紙を集め、先生は、答の数が多い順に、黒板に書き出しました。 スフィンクス、タージ・マハール、パナマ運河、エッフェル塔、万里の長城、ゴールデンゲイトブリッジ、ワシントンモニュメント ・・ 先生は、ふと、ある生徒がまだ書き続けているのを目にしました。「世界に驚くべきことはいっぱいあって七つにまとめきれない!」って、生徒が言いました。そして、その生徒は、自分の作っているリストを読みあげ始めました・・ 見えるってこと、聴けるってこと、触れるってこと、味わえるってこと、感じるってこと、笑うこと、愛すること・・・ (一部、意訳)Adapted from the Words of Wisdom 4 You Web site >Leadership, Aug. 2004, p.20-1 ▲ 2004-07-30 [私の雑談]牛久の雑談 「上手な転職」 うまく転身しやがったな!――これを英語で good career move! と言う (ちなみに、日本の就職・転職・キャリア指南雑誌にしばしば登場する「キャリアアップ」なんていう英語は、寡聞にして知らない)。もっとも1977年、エルビス・プレスリーが死んだあとに、落書きに初めてこの言葉が書かれたらしい。「うまく転身しやがったな!(あのままでは落ち目になる一方だったろうに)」。で、good career moveとは、しばしば、死んじゃった、ってことである。死ぬしかないほど、この世で華麗なるキャリアコース変更をすることは難しい。ところが就職・転職・キャリア指南雑誌は転職の成功事例ばかりが載っている。気をつけろ、悪魔は笑顔で近づいてくる・・これまたこころにとめておくべき西洋の諺である。 ▲ 2004-06-30 [私の雑談]牛久の雑談 賃金格差 日本の賃金格差は小さい、それは日本の社会の風土に深く根ざしているという人がいるが、慶応4年に告げられた官僚の月給規則の案によると、いちばん下の役人の月給といちばん上の役人の月給の差は100倍である。これじゃああんまりだ!という声が出たのか、実際に制定された時には差が縮まって70倍になった。そのころと今と日本的だったのはどちらか?ライフラインだのマニフェストだの皆がいう今のほうが、よほど日本でなくなったはずである。したがって賃金格差の小さいことは日本的風土に深くは根ざしていない。いつだってべらぼうに格差は大きくなるぞ。くわばら、くわばら。 ▲ 2004-05-30 [私の雑談]牛久の雑談 お花見 用があって、ある市役所の出先機関の窓口に立った。向こうには、職員が8人ほど、机に向かっている。窓口に向かっても椅子があるので、窓口は窓口なのであろう―――市の職員の働きぶりを単に見物する場所ではないであろう。そこに立って5分、たった。誰一人として、こちらに注目しない。生きていないのではない。おたがいに書類をやりとりしたり、立ち座りは、している。10分たった。誰も、こちらに声をかけない。こうなれば意地であるから、ずっと窓口に立ったまま、15分もいた。ついに我慢の限界が来て、怒鳴った、「誰だ!窓口の担当職員は!!」と。いちばん近い机にいる中高年職員が、いちばん奥にいる若い職員にあごでサインを送り、その若い職員がやってきた、「なにか?」、と言う。何もないのに窓口に人が立っているわけはなく、15分も立っていて変に思わない方が可笑しい。「受付の窓口に人がきて、気がつかないんですか?」と怒鳴ると、「済みませんが、とかなんとか、声をかけて下されば...」と言う。声をかけねばならないほどの距離ではない。「済みません!」と、こちらが謝らねばならない理由も、ない。・・・ さてその役所のある市は、近く行政の効率化のために、大規模な合併をするのだという。行政を効率化すれば予算が減るはずだが、合併すると国から補助金がどさっと出るのだという。国民の負担は、結局、変わるまい。朝三暮四とはこのことであろう。酔っぱらいが集まったからといって素面(しらふ)になるわけはない。酔っぱらいが集まって花見をすれば、美しいのは花であって、酔っぱらい集団はまことに醜悪である。企業のM&Aってやつも、たいてい、そうである。 ▲ 2004-04-10 [私の雑談]牛久の雑談 trivia 今年もバレンタインチョコは一つも来なかった。聖バレンタインはテルニの僧正で、270年にロ-マで殉死したとされる・・が今日では公式の「聖人の日カレンダ-」からは除外されている。たぶん、いなかった、ということで。たぶん、今年はバレンタインデ-も、なかったのだ。別に、チョコで褒めてもらわなくても、立派なものは立派。タクシ-ドライバ-という映画もエレファントマンも、アカデミー賞をもらっていない。チョコぐらいは、カネで買える。カネで買えないものに、イギリスでは白鳥がある。イギリスでは法律上、すべての白鳥は王のもの、と決まっているからである。白鳥を買っても、しかたがない。鴨の方が、鍋には似つかわしい。古徳沼に白鳥と鴨を見にでかけて風邪をひいたので、9か月も雑談が思い浮かばなくなったのである。 ▲ 2004-02-10 [私の雑談]牛久の雑談 |
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| 最終更新日 ( 2008/01/15 Tuesday 14:08:23 JST ) |
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